こんにちは。フォーチュン・カウンセラーのレイリィアスです。
今回は京都の東山エリアに位置し、豊臣秀吉公(太閤さん)を祀る豊国神社(とよくにじんじゃ)をリポートします。「出世の神様」としても名高い神社です。
京都国立博物館の向かいにある巨大な石鳥居が目印の神社で、地元の人々からは「ホウコクさん」の愛称で親しまれています。
豊臣秀吉は織田信長の下働きの草履取りからスタートし、最後には関白・太政大臣までのぼり詰めました。その歩みは、まさに「戦国ドリーム」といえるものです。
そのため多くの人々が豊臣秀吉のような「立身出世」と「勝負運」のご利益を求めて、この神社に願いを懸けるのです。
鳥居をくぐり、まず目に飛び込んでくるのは、巨大な唐門(からもん)です。
西本願寺、大徳寺と並ぶ「京都三唐門」の一つで、国宝に指定されています。
豪華絢爛で、門に施された精密かつ細やかな彫刻と重厚な造りは圧巻の一言です。素敵な門を歩くだけでもわくわくしますね。
秀吉公といえば、馬印にも使われた「千なり瓢箪」が有名です。
そのため境内には、瓢箪の形をした絵馬がずらりと並んでいます。多くの人々が願掛けをしているんですね。
門の向こう側には秀吉公が眠る阿弥陀ヶ峰(あみだがみね)を望む配置となっています。
豊国神社のすぐ隣には、秀吉が創建した大仏殿で知られる方広寺(ほうこうじ)があります。ここへ来たら、ぜひ見ておきたいのが、方広寺の境内に吊るされた巨大な梵鐘(ぼんしょう)です。
この鐘、実は教科書で一度は目にしたことがある、徳川家康が「家と康を分断し、豊臣を君主としている」などとイチャモンをつけ、大坂の陣のきっかけになったとされるあの文字「国家安康」「君臣豊楽」の銘文が刻まれた鐘なのです。
歴史の分岐点を感じられるスポットですね。現在は除夜の鐘などで、この鐘の音を聴くことができます。
天井を見上げると、美しい天井画が描かれています。
また、本殿に向かって右側、手水舎の奥の方に進むと、鮮やかな朱色の鳥居が見えてきます。ここは槇本稲荷大明神(まきもといなりだいみょうじん)を祀るエリアです。
「槇(まき)」の名の由来は諸説ありますが、かつてこの場所や周辺に立派な槇の木があった、あるいは槇の木を御神木としていたことからその名がついたといわれています。
このお稲荷さんは、もともと豊臣家(あるいは伏見城内)の守護神として祀られていたと伝えられています。そのために、ここは天下人の秀吉公を支えた裏のパワー、いわば「秀吉公のプライベートな祈りの場」としての性格を持っているのです。
静寂の中に鮮やかな朱色の鳥居が並ぶ様子は、東山の静かな空気の中でパッと目を引く美しさです。ここは豊臣家の守護神とも言われ、華やかな出世街道を歩んだ秀吉公を影で支えた神様です。
一般的なお稲荷様と同様、商売繁盛の御利益はもちろんですが、ここでは特に「衣食住の守護」や「家内安全」が強調されることが多く、家庭の守り神として人気です。
豊国神社には、天下人となった秀吉公の「出世パワー」にあやかれる、縁起の良い授与品がたくさんあります。
勝負運や仕事運のお守りや絵馬なども多く、ビジネスマンや受験生に大好評です。
たとえば、信長の草履を懐で温めて出世のきっかけをつかんだという「草履取り」のエピソードにちなんだお守り「わらじ守」などは、一歩ずつ着実にステップアップしたい方にぴったりの人気のお守りです。
「福ひょうたん」は、小さな瓢箪の形をしたお守りや置物です。瓢箪は「六つ揃えば無病(六瓢)息災」ともいわれ、健康と開運の両方にご利益があるとされています。
また、豊国神社の御朱印には、秀吉公が使用していた「寿比南山(じゅひなんざん)」という関白印が押されるので、とても縁起の良い御朱印になっています。
豊国神社は、どん底から天下人までのぼり詰めた秀吉公のエネルギーを分けてもらえる、そんなポジティブなパワーが漂っていました。
ありがとうございます。
次回は「上高地」です。
お楽しみに。
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原稿提供元 アカデメイア