こんにちは。フォーチュン・カウンセラーのレイリィアスです。
今回は長野市の1400年の歴史がある「信州善光寺2」です。
善光寺の最大の特徴は「無宗派の寺」であることです。どの宗派にも属さず、あらゆる階層・性別などを越えてすべての人々を受け入れてきた歴史から、日本全国から、そして現在では世界中から信仰の場として多くの参拝者が訪れています。
まずは本堂へ入る前に、香閣の煙で心を清めます。この煙を体の痛い部分や具合の悪いところにあてると良いそうなので、しっかりと清めていきます。善光寺の御利益は、すべての人が阿弥陀如来とつながり、極楽往生の願いが叶うというものです。
本堂は入り口を俗世、最奥を極楽と見立てた空間が広がり、最奥部にある瑠璃壇には、御本尊の「一光三尊阿弥陀如来(いっこうさんぞんあみだにょらい)/善光寺如来」が安置されています。552年の仏教伝来の際に、百済(くだら)からもたらされた日本最古の仏像といわれています。
一光三尊阿弥陀如来とは、一つの光の後ろ姿(光背)の中に三体の仏さま(中央に阿弥陀如来、左右に観音菩薩と勢至菩薩)が並んでいる仏像のことで、この様式は「善光寺式阿弥陀三尊像」とも呼ばれています。とてつもなくパワーがありそうですね。
御本尊は歴史のなかで、一時は廃仏派の物部氏によって打ち捨てられてしまうのですが、その後、大和朝廷の役人といわれる本田善光(ほんだ よしみつ)によって信州に安置されたのが善光寺の始まりと伝えられています。
善光寺の名称も、644年(皇極天皇3年)に伽藍(がらん)が造営された際、本田善光の名に由来して名付けられたそうです。
一光三尊阿弥陀如来は絶対秘仏とされていて、たとえお寺の僧侶でも、その姿を見ることはできないそうです。そのため善光寺では7年に1度、御本尊の分身である前立本尊(まえだちほんぞん)を一般公開する行事の御開帳(ごかいちょう)が行われます。この時、本堂の前に回向柱(えこうばしら)と呼ばれる巨大な木の柱が立ちます。この回向柱が御本尊とのご縁を結ぶといわれていて、触れば前立本尊に触れたと同じご利益が得られるそうです。この御開帳の際には、さらに多くの参拝者で善光寺はにぎわいます。
善光寺の象徴でもある本堂は、江戸時代中期の1707年に建立され、国宝にも指定されています。高さ約29メートル、奥行き約54メートルの本堂は、国宝に指定されている木造建築としては4番目の大きさで、荘厳で迫力のある外観がとても魅力的です。棟の形状は撞木造り(しゅもくづくり)と呼ばれる珍しいT字型をしています。
本堂は度重なる大火で焼失し、そのたびに再建されてきました。現在の本堂は1707年(宝永元年)のものです。
本堂内部は有料ですが、約150畳の広さがあり、とても美しく荘厳で迫力があり、まさに圧巻の極楽浄土がありました。
そして本堂奥では「お戒壇巡り」を体験することができます。
本堂の御本尊の下に位置する真っ暗な回廊を手探りで進み、「極楽の錠前」を探します。この錠前は御本尊と結ばれているので、手で触れることで御本尊とのご縁を結ぶことができるといわれています。本当に何も見えないくらい暗闇の中なので、錠前を見つけるとなぜか救われ、安心できるのがわかります。
本堂に入った正面には心身の悩みに寄り添ってくれる仏様である「びんずる尊者」が鎮座しています。参拝者からは親しみを込めて「びんずるさん」と呼ばれています。自分の体の悪いところと同じ場所をなでると、病気や痛みが癒えるといわれている、ありがたい仏様です。たくさん撫でられているので、びんずる様の表面はツルツルと輝いています。
経のご利益を与えられる経蔵には、仏教経典を網羅した一切経が収められています。
経蔵の中央には八角の形をした輪蔵(りんぞう)と呼ばれる回転式輪蔵があり、腕木を押して一回転させると、収められた経典をすべて読んだ分の功徳が積めるといわれています。
ただ、この輪蔵は一人では重くてまったく動かすことができないので、周りの参拝者の方たちと協力して回しましょう。
こちらは徳川家大奥供養塔です。
江戸幕府3代将軍徳川家光の正室本理院、家光の乳母春日局、家光の次男綱重の正室紅玉院など、大奥関係者の供養塔で、江戸で善光寺の出開帳が行われた際には、大奥の強い希望で前立本尊が江戸城内に招き入れられるなど、徳川将軍家から篤く信仰されていたそうです。
こちらは歴代の回向柱です。
毎回松代町から回向柱が寄進され、善光寺の御開帳の際に本堂の前に建てられ、参拝者がこの柱に触れることで御本尊に触れるのと同じ功徳を得られるのですが、御開帳期間が過ぎた後の回向柱は善光寺の境内西にあるこの一角に眠ることになります。
御開帳前には白かった木肌も、御開帳を終えると多くの参拝者に触られた末に、黒くなってしまうと言われます。手前ほど最近の回向柱で、奥に行くほど古い回向柱になっています。回向柱は、長い年月を経てだんだんと小さくなり、やがて土へと還っていきます。
「爪彫阿弥陀如来」
こちらのお堂には親鸞聖人が善光寺に百日間滞在したときに、爪で彫ったとされる阿弥陀如来が安置されています。眼の病や視力回復などにご利益があるそうです。
善光寺では、境内の各お堂を参拝した方のみに授けられる御朱印もあります。
この御朱印はそれぞれのお堂に行かないと手に入れられないので、これも善光寺に来たら楽しみのひとつです。各お堂の御朱印を並べると背景が一枚の絵になるので、ぜひチャレンジしてみてくださいね。
戦国時代から時の権力者は善光寺を信仰し、あるときは組織ごと別の地に移して信仰する権力者もいました。善光寺が現在の場所に戻ったのは1598年(慶長3年)のことです。その後、江戸幕府が開府して平安な世の中になったため、より多くの参拝者が訪れるようになり、今に至ります。
どのような立場や宗教分け隔てなく救ってくれる善光寺は人々にとって、とても有り難い場所なのです。
ありがとうございます。
次回は「善光寺3」で大勧進まで巡ります。
お楽しみに。
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原稿提供元 アカデメイア