こんにちは。フォーチュン・カウンセラーのレイリィアスです。
今回は京都にある護王神社(ごおうじんじゃ)です。
京都御所のある烏丸通り沿いに鎮座する神社で、平安京の建都に貢献された脇清麻呂公(わけのきよまろこう)をお祀りしています。確かな創建年は伝えられていませんが、もとは高雄山神護寺(たかおさんじんごじ)の境内に清麻呂公の霊社として祀られ、古くから「護法善神(ごほうぜんじん)」と称されていたそうです。江戸時代末の1851年に孝明天皇(こうめいてんのう)が清麻呂公の歴史的功績を讃えて「正一位護王大明神」の神階神号を授けられ、明治の1874年には「護王神社」と改称しました。
表門の鳥居にいるのは狛犬ではなく「狛いのしし」です。実は護王神社は「いのしし神社」として親しまれています。
なぜ「いのしし」かというと・・・和気清麻呂が当時の実力者である弓削道鏡(ゆげの どうきょう)から送り込まれた刺客に襲われた際に、突如現われた300頭の猪によって助けられ、足萎え(あしなえ)が回復したという伝説があります。そのために足腰の病気・怪我回復の御利益があるとされるようになりました。のちに、明治の1890年から崇敬者により境内に「霊猪像(狛イノシシ)」が奉納され、いのししはこの神社のシンボルとなり、ほかにも多くのいのししの置物や小物類が設置されるようになったそうです。
境内にはいのししの手水舎がいくつかあります。
「いのししの鼻をなでると幸せになる」という言い伝えがあり、参拝者から「幸運の霊猪」と呼ばれ親しまれているそうです。かわいいですね。
「和気清麻呂(わけのきよまろこう)銅像」です。
境内の北側にある像は、平成10年に「和気清麻呂公千二百年祭」を記念して、造形作家の松本繁来氏の手によって造られたものです。
和気清麻呂公は奈良時代末期から平安時代初期にかけての貴族です。現在の岡山県和気町に生まれ、奈良の都へ上り朝廷に仕えられました。皇位を奪おうとした弓削道鏡の野望をくじき、また、平安京への遷都の時に造宮太夫に任じられ、都造りに励まれました。
日本後記には「高直な人柄で、一身の利益を顧みずに忠節を尽くした」とあります。とても清廉潔白な方だったようです。現代の政治家や官僚にも欲しい人材ですね。
こちらは拝殿です。奥に中門、そして一般は入ることができない本殿があります。
護王神社の主祭神は和気清麻呂公命(わけのきよまろこうのみこと)と、その姉である和気広虫姫命(わけのひろむしひめのみこと)です。
広虫姫はとても慈悲深く、身寄りを亡くした孤児たちを養子として育てたことから「子育て明神」と呼ばれ、育児の神として皆から信仰を集めています。ご姉弟そろって立派で高潔な人物だったのですね。
ご利益は、足腰の健康・病気怪我回復、厄除け・災難除け、子育て・子供の成長の御守護、ぜんそく封じ、亥年生まれの御守護、商売繁盛、家内安全、交通安全などです。護王神社は生活に必須なご利益がたくさんありますから、参拝の方々がたくさん訪れていました。今も昔も、それは変わらないのでしょう。
こちらは御神木のカリンの木で、「ぜんそく封じの御神木」とも呼ばれています。
御神木は樹齢100年を超え、「京都の巨樹名木百選」にも選ばれるほど有名で、秋には甘い香りの黄色い大きな実をつけます。この実を使って造るカリン酒は、ぜんそくによく効くといわれているそうです。
足腰の病気やケガに御利益があるとされている「足萎難儀回復の碑」です。
足形の石の上にのったり、碑をさすったりして足腰の病気回復を祈願するそうです。
このご利益を得ようと全国からご祈願に来られる方も多く、毎月21日の午後3時からは「足腰祭」が斎行されています。
護王神社ではいくつかのお祭りがありますが、毎年11月1日に開催される「亥子祭(いのこさい)」は、宮中の古儀を再現した優雅な祭りとして知られています。平安時代に宮中で行われていた年中行事「御玄^(おげんちょ)」にちなんだ祭りで、亥の月(旧暦10月)の亥の日、亥の刻に餅を食べると病にかからないと考えられた中国の民間信仰を起源としています。亥子餅をつく儀式の後、平安装束の一行が京都御所へ餅の献上に行き、参加者はイノシシの陣羽織姿でそれに従うそうです。神社に戻った後は亥子餅が一般の参拝者にもふるまわれ、無病息災を祈願します。
また、4月4日に行われる「護王大祭」は、明治天皇によって定められた和気清麻呂をしのぶ祭事です。4月4日に行われる理由は、和気清麻呂の命日を現暦に改めた日にあたるからだそうです。京都で行われるお祭りはとても雅な雰囲気がありますね。
ご本殿前にそびえ立つ「招魂樹(おがたまのき)」の根本には「願かけ猪」の石像があり、その周囲には「座立亥串(くらたていぐし)」という、護王神社独特の願かけの串がたくさん刺し立てられています。自分の名前と願い事を書いた紙札をはさんで、願かけ猪の前に刺して願かけをするそうです。人々の願いがたくさん感じられますね。
祈願殿前にあるこちらの像は「飛翔親子猪」と呼ばれています。
像の材木は、この神社に立っていた樹齢300年のカツラの木だそうです。
祈願殿建設の際に、やむなく伐採したカツラの根株を、チェンソーアートの世界チャンピオンである城所ケイジ氏が「生命のよみがえり」をテーマに彫刻したもので、翼の生えた神猪が子猪を守る姿が表現されています。美しい造形ですね。
神社の外には大きな十円札が飾られているのですが、実は明治の1890年から昭和の1946年までに発行された10円紙幣に和気清麻呂公の肖像画が描かれているのです。左側に護王神社拝殿、右側に和気清麻呂公の肖像が、そして裏面には守護獣として、いのししが描かれています。和気清麻呂の肖像画が描かれた10円紙幣は長らく「いのしし札」と呼ばれていたそうです。昔のお札はなんだか威厳がありますね。
護王神社の御朱印はこちら。
神社には足腰の御守りや、いのししの置物などもたくさんありました。
ずっと足や腰が痛かったので、護王神社は訪れてみたかった神社のひとつでした。
そのおかげで、ご利益はありました。また訪れてみたいと思います。ありがとうございます。
次回は「厳美渓」です。
お楽しみに。
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原稿提供元 アカデメイア